仕方アルマジロ

大学生活の記録

映画「関の彌太ッペ」所感

 先日、私は「関の彌太ッペ」(東映,1963年,中村錦之助主演)を視聴したので、その所感をここに纏めておく。例のごとく、あらすじは書かずに自分の感想を纏めるだけなので、あらすじを知りたい方は作品を一度視聴するか、他のサイトをインターネット上で探してそちらを読んでいただきたい。

 

 私はこの作品全体を通して、主人公である彌太ッペ(変換が面倒くさいので以下『弥太っぺ』と表記)の侠気に惚れ惚れさせられた。弥太っぺは大切にすると決めた、または恩義を受けた他人のことを何があっても思いやり続ける、義理堅い人間であると感じた。

 弥太っぺはお小夜に対して、「お小夜の父親は堅気の人であった」と生涯ずっと嘘をつき続けたし、最後まで自分がお小夜を助けた恩人であるとは明かさなかったし、父親が森介に斬り殺されたことも明かさなかった。

 盗人であったお小夜の父に対しても、その娘への愛をしっかりと汲み取り、自らが妹のために用意した50両を盗まれたにも関わらず、最後までその遺志を果たしてお小夜を守っている。そして彼が森介に斬られた場所のことも、弥太っぺは最後まで忘れていなかった。

 弥太っぺの懐の深さに惚れて弟分となった森介に対しても、弥太っぺは最後まで義理を果たした。森介がお小夜に迷惑をかけていた時も、弥太っぺはまず彼が再び旅に出ることを勧め、説得しようとした。兄弟分の契りをよく守り、乱暴な手段は用いなかった。しかし森介が血迷って刀を抜くと、弥太っぺは覚悟を決めて彼を斬った。私はそんな弥太っぺの潔さが好きである。そして倒れた森介の骸にそっと合羽をかけた優しさも好きである。自分を兄ィと呼んで慕う可愛い弟分であった森介を斬る事は彼にとっても不本意であったことだろう。そして森介を自分の恩人だと思い込んでいるお小夜を悲しませないように、斬ったことを隠し「旅に出させた」と嘘をつき、同時に森介の体面も守った弥太っぺの思いやりには感服させられた。

 また、弥太っぺは喧嘩の助っ人の最中、妹の居場所を教えてくれた恩人を敵方に見つけた時、雇い主の飯岡一家を裏切ってまで彼を助けた。その結果として弥太っぺは飯岡一家に追われる身となってしまうわけであるが、弥太っぺがそれを悔いる様子を見せることは無かった。喧嘩渡世の身であるから、いつでも死ねる覚悟を固めていたのであろうか。

 さて、この飯岡一家の追っ手のやくざたちであるが、彼らもまた吉野宿で漸く弥太っぺに追いついた際、「外せない用事がある」と言った弥太っぺのことを信用し、お小夜のところへ行かせるなどの侠気を見せている。そしてまた、約束を違えず夕刻の決闘にきちんと現れる弥太っぺも侠(おとこ)である。弥太っぺが決闘に向かうところで幕を閉じるラストシーンは、視聴者にその後の弥太っぺの運命への想像を掻き立てさせるものであった。

 この映画を見てから橋幸夫などが歌う「関の弥太っぺ」の歌を聴くと、一層歌詞が心に沁み渡る。そしていつか、この舞台である甲州街道の吉野宿を訪れてみたくなった。

 

[2019年6月7日追記]

 2019年6月1日、念願叶ってこの映画の舞台である甲州街道吉野宿を訪れることが出来た。詳細についてはこちらの記事の「吉野宿」の項に書き記してあるので、興味のある方にはご覧いただきたい。