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大学生活の記録

『中国人民解放軍 「習近平軍事改革」の実像と限界』所感

 先日、『中国人民解放軍習近平軍事改革」の実像と限界』(茅原郁生, PHP新書, 2018年9月28日)を読了したので、その所感をここで述べておこうと思う。

 この本はその名の通り、中国の人民解放軍(中国陸軍を表す狭義の解放軍ではなく、海空ロケットその他の戦力も含めた、中国軍全体としての広義の解放軍)にフォーカスを当てたものであり、その建軍以来の歴史を踏まえての特徴や、それに対する現在まで続く数度に渡る改革についてが詳述されている。中でも習近平によって現在進行形で行われている改革については、多くのページを割いて詳細に分析、そして今後への予測が為されている。

 

 著者が防衛大の六期生の元自衛官で、引退後に防衛庁(現防衛省)の防衛研究所に入った人物であるということもあってか、全体的に解放軍を過剰に恐れたり、はたまた軽視したりすることなく、現実的にその軍事力を分析しているように感じられた。また解放軍の改革や、中国が今後展開としていくと思われる覇権国家を目指した政策についての日本の対応に関する著者の提案も、政治的イデオロギーに依ることなく、各国の実力や政策を分析した上で行われており、非常に元軍人らしい現実的な内容であるように思われた。

 この一冊を読み終えて、自分は今までかなり中国の国力や解放軍の実力を過大評価していて、「中国脅威論者」、もしくは米国から中国に鞍替えすることも視野に入れた親中派のようになりかけていたのではないかと思えた。やはり近隣国の内実をきちんと把握し、今後を分析することは、自国の今後の方針を定める上で非常に大切であるということを再認識させられた。

 

 また、この一冊を読んで幾つかの疑問点が解決したので、それについても記しておきたい。

 まず、解放軍が1979年のベトナムへの「懲罰のための侵攻」、すなわち中越戦争で大損害を受けた理由である。雑誌『歴史群像』の2014年12月号における中越戦争の特集の79ページ末では、ベトナム軍がインドシナ戦争およびベトナム戦争で実戦経験豊富であったことが理由の一つに挙げられていたのであるが、解放軍も抗日戦争や国共内戦朝鮮戦争などでそれなりに実戦経験を積んでいるのではないかと私は考えていた。

 しかしこの本を読んで分かったのであるが、解放軍は「党の軍隊」として毛沢東思想に従い、革命の軍隊の姿勢を貫く方針と、国軍として脱皮し、近代化する方針の間で揺れてきた歴史を持っており、それ故に十分に近代軍になりきれていなかったのだ。そのことは特に中越戦争が外征戦争であったことで裏目に出た。

 読み直したところ、『歴史群像』の中でも解放軍が文化大革命によって階級を廃止され、指揮系統に混乱をきたしていたことに言及が為されていた。なるほど、確かに文革によって毛沢東思想の理想的な面が押し出された後であれば、朝鮮戦争を経て近代戦争の洗礼を受けた上でも解放軍の近代化に遅れが生じているのは頷ける。

 

 もう一つの疑問は、安田峰俊氏の『八九六四』を読んでいて思った、中国人が抱く解放軍への謎の信頼感であった。天安門デモをしていた人たちの多くは、まさか解放軍が自分たちに発砲するとは思っていなかったのだ。普通、独裁政権の下の国家であれば、軍隊が国民の不満の声を抑圧するために使われることなど想像に難くないのではないかと考えてしまうが、中国ではそうではなかったことが疑問であった。

 しかしこの本を読んで分かったのだが、これも同じく解放軍が毛沢東思想の下で育成されていた他、抗日戦争および国共内戦ではその思想を実践して民心を把握し、民衆と一体化して戦っていたが故に、解放軍は「人民の子弟」と呼ばれるほどに親しまれていたのだ。これならば天安門に集った人々が解放軍による鎮圧を想定していなかったのも納得できる。

 

 このように歴史の理解にも一役買ったほか、この本は現代情勢の理解の助けともなった。習近平の行った改革について、筆者は複数の不安点を挙げていたが、これからそれらがどのようになっていくかが気がかりである。

 例えば筆者は今後中国が世界覇権を獲得し得るかについて、米国と違って人権や民主主義のような普遍的に受け入れられやすいイデオロギーが無いことを難点として掲げていたが、これは実際にその通りである。

 安田峰俊氏の『もっとさいはての中国』の33ページでは、西側諸国が専制国家への支援を渋るのに対して、中国は金にさえなればそのような国とでも積極的に仲良くすることが説明されていた。それはすなわち、裏を返せばアメリカの思想に共感しない国を味方に引き入れているだけであり、自国の確固たる思想体系の下に動いているとは言い難いのではないだろうか。ただし、私は習近平思想などをきちんと学んでいないので、この記述は憶測に過ぎないが。

 この一冊のおかげで、私は今後の米中・日中情勢のニュースなどをより深く理解できるようになった気がする。